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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)1421号 判決

原告 樋口京子

右訴訟代理人弁護士 土屋良一

被告 破産者 米越製菓株式会社破産管財人 長島佑亨

主文

一  原告が、破産者米越製菓株式会社に対する浦和地方裁判所平成三年(フ)第一号破産事件において、破産債権届出にかかる債権(債権者番号一八四番、債権進行番号一番、債権表上の債権の種類の表示、貸付金)を一般の優先権ある債権として有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、破産者米越製菓株式会社に対し、破産債権届出にかかる社内預金債権(債権者番号一八四番、債権進行番号一番、債権表上の債権の種類の表示、貸付金)について、右債権を被担保債権とする一般先取特権を有することを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する認否

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  破産者米越製菓株式会社(以下「破産会社」という。)は、平成三年一月一一日浦和地方裁判所(同庁同年(フ)第一号破産事件)で破産宣告を受け、被告が、破産管財人に選任された。

(二)  原告は、後記2(二)の社内預金債権について、破産債権の届出(債権者番号一八四番、債権進行番号一番、債権表上の債権の種類の表示貸付金)をしたが、被告は、右債権を一般破産債権としてのみ認め、一般の優先権ある破産債権としては認めなかった。

2(一)  原告は、破産会社との間で、昭和六〇年一月パートタイム労働者として雇用契約を締結し、以後、休職期間を除き、右破産宣告時まで破産会社に勤務していた。

(二)  原告は、平成二年六月二一日ころ破産会社に対し、社内預金(以下「本件預金」という)として金三五〇万円を預け入れた。

(三)  本件預金は、原告が、平成二年三月病気が回復して破産会社に復職する際、その条件として、破産会社の片岡幸一総務部長(以下「片岡部長」という。)に指示されて、破産会社に預け入れてこれを貸与したものであるから、破産会社と原告との間の雇用関係に基づいてなされたものである。

したがって、原告の破産会社に対する本件預金ないし貸付金は、商法二九五条所定の「会社ト使用人トノ間ノ雇用関係ニ基ヅキ生ジタル債権」に該当するものである。

3  よって、原告は、原告が破産者米越製菓株式会社に対する前記破産事件において、破産債権届出にかかる社内預金債権(債権者番号一八四番、債権進行番号一番、債権表上の債権の種類の表示、貸付金)について、右債権を被担保債権とする一般先取特権すなわち一般の優先権ある債権として、これを有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1(一)の事実は認め、同(二)の事実中、原告が本件預金を社内預金債権として債権届出をしたことは否認し、その余の事実は認める。なお、原告は、その主張に係る三五〇万円を優先権のない貸付金として債権届出をした。

2  同2(一)、(二)の各事実中、原告主張の金三五〇万円が社内預金であることは否認し、その余は認める。

3  同2(三)の事実は否認し、その主張は争う。

なお、原告は、三五〇万円を社内預金として破産会社に預け入れたのではなく、貸付金として交付したものである。

また、仮に、原告が、破産会社に対し、右金三五〇万円を社内預金として預け入れたとしても、当時、破産会社には、社内預金制度が確立されていなかった上、右金員は、原告が、労働の対価として破産会社から受け取るべき給与・賞与等を預け入れたものではなく、金融機関に預け入れていた定期預金を払い戻して任意に破産会社に預け入れたものである。さらに、その預け入れが、上司の指示に基づくものであったとしても、雇用関係との結び付きは希薄なものであるから、一般的な貸付金債権にすぎない。したがって、商法二九五条所定の「会社ト使用人トノ間ノ雇用関係ニ基ヅキ生ジタル債権」には該当しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  まず、本件預金の社内預金性について判断する。

前記事実欄第二、二に掲記の争いのない事実と成立に争いのない〈書証番号略〉、証人片岡幸一の証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  〈書証番号略〉には「米越製菓社内定期預金証書」と表記されている上、証人片岡は、過去に従業員から社内預金として消費寄託をうけたことがあり、本件預金の社内預金として受領した旨、また本件預金の破産会社内部の会計処理上、預金勘定で処理すると金利が付かないので借入金勘定として処理した旨証言していることに照らすと、本件預金の実質的性格が、原告主張のような社内預金であると考えるのもあながち理由のないことではない。

2  しかし、破産会社では、社内預金制度は制度化されておらず、同制度判定に関する取締役会等の決議がないことに鑑みれば、前掲〈書証番号略〉に破産会社の代表取締役の署名捺印があるからといって、これをもって業務執行行為として社内預金契約を締結したものとまで認定することはできない。

むしろ、破産会社には社内預金の運用方法等を定める規約や内部規定も存在せず、同会社内部では帳簿上も借入金勘定として処理していたということ、〈書証番号略〉(破産債権届出書)の「債権の内容及び原因」欄に「貸付(社内定期預金)元金三五〇万円」と記載して債権届出をしていることなどに鑑みれば、本件預金を社内預金であるとするのは、その実態を無視するものと言わざるを得ない。

3  また、平成二年三月ころ片岡部長から、復職を条件に三〇〇万円程度の金員の提供を求められた原告が、これを拒否することにより、解雇され、そのため生活が困窮するような事態を招来することを避けるため、同人の要求に応じて右金員を交付することは十分考えられることであり、他方、破産会社側にも、当時、経営状態が悪化していた事情があったのであるから、破産会社は本件預金を営業資金を集める手段として利用するために、当時未だ制度化されていなかった社内預金という名目をもって、原告から右金員を交付させたものと解するのが相当である。

4  以上の認定事実に照らせば、本件預金は、平成二年六月二二日ころ原告が、破産会社に対する貸付金(以下「本件貸付金」という。)として、交付したものと推認されるから、前記破産事件における原告の破産債権届出に係る本件預金債権は、右の貸金返還請求権と解するのが相当である。

二  つぎに、本件貸付金の優先権性について判断する。

1  民法は、雇人と雇主との経済的社会的地位の格差を考慮して、雇人の給料債権を保護するという社会政策的配慮から、三〇六条二号、三〇八条において、右給料債権(最終六か月分)について、雇主の総財産の上に先取特権を認めて、給料生活者の賃金保護を図っているが、商法二九五条は、さらに、会社が破綻した場合に使用人を保護するため、給料債権に限定することなく、会社と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権について、広く会社の総財産の上に使用人の先取特権を認めている。そして、このような同条の趣旨に鑑みるならば、同条にいう「雇用関係ニ基ヅ」いたものかどうかの判断も、経済的社会的な会社と使用人との力関係を基本にして、当該債権の発生が雇用関係に与えた影響の程度、それが真に使用人の自由な意思に基づく契約により発生したものかどうか等の観点から総合的に判断するのが相当であると解される。

2  これを本件についてみるに、前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

本件貸付金は、原告が、病気のため二、三か月間休職したのち、病気が回復したことから復職を申し出たところ、片岡部長から、高齢者のパートの退職勧奨をしている現状なので、そのままでは復職できないといわれ、復職の条件として三〇〇万円程度の金員を社内預金名目で破産会社に預け入れるよう求められたことから、銀行預金を中途解約して三五〇万円を破産同会社に交付したものである。

ところで、原告は、復職当時すでに五〇歳を過ぎていたため、新たな就職先を探すことは容易ではなかったことが推測されるから、同人が手慣れた元の職場である破産会社に復帰したいと考えるのはもっともなことであり、パート労働者の地位にありながら、長期間病気により休職していた原告が、解雇を恐れて、社内預金名目とはいえ三五〇万円という多額の金員を破産会社に交付したことは、自らの唯一の職場を失うかどうかの瀬戸際に立っての厳しい選択であったものと推認される。

また、前掲片岡証言によれば、原告が復職当時の破産会社の経営状態は、資金が苦しくなって、原告の右社内預金名目の金員交付がなければ、破産会社の上層部に対し、同人が原告の復職を強く勧告することができない状況にあったことが窺われるから、片岡部長の要求に応じて右金員を交付しなければ、原告は、破産会社との雇用契約を維持することができずに解雇され、パート労働者の地位は保てなかったものと推認される。

さらに、片岡証言によれば、同人は、原告に対し、いささか強引に社内預金名目で右金員の交付を要求したことが窺われるから、当時原告が置かれていた前記のような状況に照らすと、原告の右金員の交付は、原告の自由な判断で任意にこれを行ったものということはできない。

以上の認定事実に照らせば、原告の右三五〇万円の金員交付は、右判示のような境遇にあった原告が、破産会社との従前の雇用関係を維持したいがために、片岡部長から強く前判示のような選択を迫まられた結果なされたものであると解するのが相当である。

3  以上の次第で、本件貸付金は、雇用契約に基づく労働の対価である給与等ほど直接的な法的結び付きはないものの、雇用関係を単にその発生の契機とするに止まらず、前判示のとおり、従前の雇用関係の維持、継続を図るために右金員交付がなされたことからみても、雇用関係と密接に結び付く形で本件貸付金の授受がなされたものということができるから、右は、商法二九五条一項所定の雇用関係に基づいて生じた債権に該当するものと解するのが相当である。したがって、原告は、同条に基づいて、破産財団たる破産会社の財産について、一般先取特権を取得したものということができるから、前記破産事件において、原告が破産債権として届出た本件貸付金について、一般の優先権ある債権としてこれを有するものというべきである。

三  よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩谷雄)

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